キリスト教思想史の諸時代Ⅰ ヨーロッパ精神の源流

コンパクトなサイズで充実のシリーズに期待
〈評者〉阿部善彦

キリスト教思想史の諸時代Ⅰ
ヨーロッパ精神の源流

金子晴勇著
新書判・264頁・本体1200円+ 税・ヨベル
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 本書は『キリスト教思想史の諸時代』(全七巻)の第一巻である。順次刊行予定の第二巻以降では、さらに、アウグスティヌス、中世思想、エラスムス、ルター、宗教改革と近代思想、現代思想に向けて展開され全七巻をなす。第一巻「あとがき」には、著者は、本格的なキリスト教思想史の著述を完成させようと長く取り組み、いくつかの断念された計画を経て今回実現に至ったとある。本シリーズは熟成の時を経て誕生したものであり、著者はその実りを惜しみなく読者にささげている。
 著者は『ルターの人間学』(創文社)で日本学士院賞をうけた。著者の根本的な問題意識には人間への問いがあり、思想史研究を通じて人間学を発展させてきた。それが今回本書「序論 思想史は人間学の宝庫である」で明確にされ、シリーズ全体を方向づける。著者の人間への問いは今日的状況に根ざしており、だからこそ思想史的に展開される。近代的自我は「個我」であり、その確立は同時に、人間をとりまく全方位の関係性(つながりや意味)の破壊、つまり、人間の神との関係(宗教・信仰)、被造的世界との関係(自然・生命)、他者との関係(社会・共生)、自己との関係(人格・良心)の断絶による、連鎖的な自己崩壊を招き、ニヒリズムに至った。そこで登場した現代の人間学も人間像の焦点を結ぶ新たな中心点を定めえなかった。著者は思想史的にそのプロセスを遡り、エラスムスにおいて「霊・魂・身体」の人間学的三区分(教父オリゲネスに由来する)を見出す。それはルターにも共通し「霊は人間の最高、最深、最貴の部分であり、人間はこれにより理解しがたく、目に見えない永遠の事物を把捉することができる。そして短くいえば、それは家であり、そこに信仰と神の言葉が内在する」とあり、著者はこうした人間の「霊」の次元に注目して人間学を展開し、アウグスティヌスやルター、エラスムスでは愛、信仰、恩寵、自由意志の問題に、またドイツ神秘思想では「根底」の問題に、現代的課題では対話や人格の問題に取り組んだ。
 人間の「霊」の次元つまり「霊性」は、キリスト教によって主題化された以上、キリスト教思想史を通じて研究されるが、他方、人間に共通のものとして広く思想、文化、芸術、文学に表出するので、そこに「霊性の証言」が見出される。それゆえ本書では第一章で古典文化とキリスト教、第二章でギリシア哲学を述べた後、第三章と第四章でオイディプス王やソクラテスにおける古典文学のダイモーンが論じられる。そして本書の全体構造上、折り返し地点となる第五章、第六章では、聖書における「霊」と、「霊」の次元での神の「聖」なるものとしてのあらわれが述べられ、第七章では本書に通底する「霊と真理」(ヨハ4・23)に沿って「霊」の次元でのイエスとの交わりが述べられ、第八章ではギリシア的ダイモーンが再度、聖書のサタンとの関係から論じられ、第九章ではギリシア哲学が教父思想の観点から再考され、第十章で古典文化とキリスト教が続刊に向けて再論される。各章に付せられたコラム「談話室」は著者の仕事の舞台裏をのぞかせる。コンパクトなサイズで充実の内容であり多くの読者をえて欲しい。

書き手
阿部善彦

あべ・よしひこ=立教大学教授

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