信仰の神秘

信仰生活の共同体的実践の指南書
〈評者〉阿部仲麻呂

1.「キリスト教的人間論」に立脚する「教会論」および「秘跡論」

 フラ・アンジェリコ作「受胎告知」における聖母マリアの顔を表紙とする小笠原優師(1946年─)の新著『信仰の神秘』は、私たち人間が神に対していかに応えるのかを再認識するための驚嘆すべき洞察の宝庫である。本書はカトリック信仰の立場の普遍性と地域性との一体と個別とを見事に体現した作品である。キリスト教二千年の信仰伝承の普遍性に則りながらも日本の司牧現場での人びととの出会いに開かれた地域性に根差した教会生活の手引書だからである。前著『キリスト教信仰のエッセンスを学ぶ』(イー・ピックス、2018年)が「信仰基礎論」および「キリスト論」を扱った啓蒙書だったのに対して、今回の著作は「人間論」をも土台に据えて「教会論」および「秘跡論」を集約的に連続させて論じる。つまり司牧現場・宣教現場において結実した信仰生活指南書として本書を味わえる。前著は「キリストとの出会い」を中心主題としたが、本書はキリストと出会った後の「人間による共同体的な信仰生活のあらまし」を提示する。著者の持論は、教会共同体の生活現場での司牧者としての活動を土台として信仰の意味を考察する神学を形成することにある。

2.本書の構成──人間が信仰を生きる際の極意

 第一部は「人間」に焦点を当てており、第二部は「信仰を生きる」ことを勧めるから、本書自体が「人間が信仰を生きる際の極意」を告げる。「第一部 キリスト教の人間観」(人間)は主題としては「からだ」、「ペルソナ」、「神の似姿」を扱う。キリスト教の立場で人間を理解する際に「からだの重要性、人格存在としての価値、神との関係性」が際立った特長となる。「第二部 キリスト教信仰を生きる」(教会共同体と秘跡)は主題としては「祈りと愛の実践」(神の恵に応える)、「過ぎ越しの秘義」(成長)、「教会と共なる歩み」、「み言葉と秘跡」、「罪とのたたかいと修徳」、「福音化・一致・対話」、「終活」を扱う。洗礼を受けてキリスト者となった者が歩むべき信仰生活の共同体的実践の要諦が過不足なく網羅される。

3. 信仰の奥義の伝授──行為の重要性、イエス・キリストの模範に倣うこと、使徒的共同体において生きること

 「祈り」に関する見解は卓抜である。祈ることは①行為であり、②イエス・キリストの模範に倣うことによって為され、③イエスとともに生きた使徒たちとのつながりを保つ教会共同体において連携することに主眼がある。これら三点は「生きることは祈ること」(八二頁)という視点へと深まる。しかも師は「第二部第一章」を「祈りと愛の実践」という副題によって方向づけるので、先に述べた三点の祈りの規準は祈りのみならず「愛の実践」にも適用される。キリスト者が「愛の実践」を深める際に、①具体的な行為を実際に続けることが肝要であり、②イエス・キリストの生き方に倣って他者と出会うべきであり、③イエスとともに生きた使徒たちの志をつなぐ教会共同体の伝統において行為しなければならぬ。こうして師は常に「祈り=愛の実践」を日常生活のなかで他者とともに具体的に果たし合うことを読者に強く薦める。単なる知的好奇心による教養としてのキリスト教理解を遙かに超えて着実に日常生活に浸透する生き方として信仰を体現することが読者に託される。こうしてキリストとともに生きる者による「信仰の奥義の伝授」を目指して本書が成立したことが一目瞭然となる。日本には古来、藝術や武術の伝承を究める家柄には「秘義伝授」のしきたりがあったが、決して技術の理論的な把握ではなく、むしろいのちがけの生き方を実践的に体得するという意味で、いのちの全体性の受け継ぎだった。キリストのいのちを自らの身心そのものを以て直に伝える仕儀が、伝承としての活きたキリストの道となる。

信仰の神秘
小笠原優著
A5判・464頁・定価2200円・イー・ピックス
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書き手
阿部仲麻呂

あべ・なかまろ=東京カトリック神学院教授、日本カトリック神学会理事

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