逢坂元吉郎

逢坂の生き方と思想に迫った力作
〈評者〉鈴木範久

 以前、『信教自由の事件史』(2010)および『日本キリスト教史』(2017)の執筆にあたり、逢坂元吉郎の「殴打事件」も加えるつもりだった。『読売新聞』の宗教欄の論説担当時代、神宮奉賛会によって連れ去られ重傷を負った事件である。ところが、調べ始めたところ、どうしても事件の日時がわからない。当の『読売新聞』にも記されていない。この入り口で躓いたまま年月が経ってしまった。入り口における躓きは、逢坂の思想の中へ立ち入ることの躊躇にもなった。
 まだプロテスタント史研究会が飯田橋の富士見町教会で開催されていたころ、逢坂元吉郎に関する研究発表を聞いた記憶がある。その発表者が石黒美種氏であったか、それとも本書の執筆者である鵜沼裕子さんだったかどうか、これも定かでないが、少なくとも鵜沼さんが出席していたことだけは記憶に残っている。ただし、逢坂の神学思想は難解で、充分には理解出来なかったように思う。
 その鵜沼さんにより、このたび単著『逢坂元吉郎』が一冊としてまとめられたので、いっきに読了した。力作である。逢坂の思想は難解だが、本書により、はじめて逢坂の生き方と、その根底にある思想の一端に触れ得たような感がした。ここに、それをまとめる能力も意図もないが、少なくとも日本のキリスト教史、特にその思想史においては充分特筆されるべき人物であるとわかった。
 逢坂の到達した思想と実践は、ルターの宗教改革とプロテスタンティズムの影響下にある日本のプロテスタント教会には、きわめて異質で、むしろ原始キリスト教あるいは初期のカトリックに近いものともいえよう。しかも、そこには主客分離を認めない禅仏教および西田哲学の影響が濃厚である。逢坂は、金沢に住んでいた学生時代、西田幾多郎が塾長格をつとめていた三々塾で生活。逢坂と西田とは終生、交流が続けられる。当時、この塾には、のちに有数のプロテスタントの牧師として活躍する、高倉徳太郎、富永徳磨、秋月致という青年たちもいたから驚く。ちなみに私の聞いた説教のなかで、未だ心に強く残っている話は秋月致によるもので、そのときの秋月の風姿は記憶に強く焼きついている。
 鵜沼さんの本書は、はじめに述べた殴打事件により身体に大きな傷を受けた逢坂が、キリスト教理解と実践にも大変化をもたらす過程を、くまなく叙述。その叙述にあたり、さすが鵜沼さんだと感じ入る点は、ただの神学者と異なる幅広さである。西田哲学はもとより、西田の友人の鈴木大拙(やはり金沢出身)の霊性論への言及など、奥が深い上に幅が広い。
 本書を読みながら、逢坂の日本のキリスト教史における位置づけを考えると、私には、柳宗悦が著書『南無阿弥陀仏』でいう、法然でもなく親鸞でもない、すなわち一遍のような気がしてきた。それも踊り念仏の一遍ではない。人から妻帯を問われ、自分は親鸞と異なり、妻帯しながらも信仰を維持できるほどの人物でない、と妻帯を峻拒した一遍である。法然や親鸞をプロテスタントの位置に置くならば、それに基づきつつ、さらに厳しい生き方を示した一遍と逢坂の姿が重なった。
 最後に、わたしの回想が若き日の著者に及ぶことをお許し願いたい。はじめて出会った教室には学生は10名ほどいたであろうか。著者はまだ旧姓で倫理の研究室から参加していた。周辺に気配りしつつも質すことは質していた。西洋古典からは、田川建三さんも来ていたが寡黙な学生だった。それから六十数年の歳月が流れた。

逢坂元吉郎
鵜沼裕子著
四六判・238頁・定価2420円・新教出版社
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書き手
鈴木範久

すずき・のりひさ=立教大学名誉教授

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