女たちの日韓キリスト教史

今日の日韓関係に対しても多くの示唆を与える一冊
〈評者〉李 相勲

 書名に「女たちの」とあるように、本書は日韓の女性キリスト者に焦点を当て著された書である。本書は、著者の博士論文と修士論文をそれぞれ加筆した第一部と第二部の二部構成からなる。第一部「女たちの日韓キリスト教史─婦人矯風会をめぐって─」では、日韓キリスト教関係史においてこれまであまり注目されてこなかった日本の女性キリスト者の朝鮮理解について歴史学的および宣教学的に論じられている。一方、第二部「韓国フェミニスト神学概観─教会論を中心に─」では、日本ではまとまった形の紹介がなされてこなかった韓国のフェミニスト神学についての整理・分析がなされている。
 第一部の中心的な分析対象である日本キリスト教婦人矯風会は、女性による米国発の禁酒運動が世界に広がる中、1886年に設立された団体である。現在も民法改正(選的夫婦別姓など)、女性・子どもへの暴力や日本軍「慰安婦」など戦時性暴力問題、死刑制度廃止、在日外国人の人権、エネルギー問題などの解決に向け、活動を展開している。
 その矯風会は、日清戦争前後から植民地支配の終焉を迎えるまで朝鮮に対しては同情的ではあったものの支配者的な認識を持ち続けたという。植民地時代の1921年には朝鮮部会を設立し、1939年には同系統の朝鮮人女性団体の朝鮮基督教女子節制会(現・大韓節制会)を合併している。
 この朝鮮部会の設立時に初代部会長となったのが淵澤能恵であった。淵澤は、韓国ソウルにある淑明女子大学の前身である淑明女学校の設立(1906年)と運営に携わった人物であり、朝鮮の女子教育に尽力した人物としても知られる。本書では、その淵澤との関係を中心に、同化政策を推進した朝鮮総督府とそれに加担した日本組合基督教会がいかに同校の設立と運営に深く関わっていたのかについて明らかにしている。先行研究において評価の分かれる淵澤に対しては、「『良心的』な動機があったにせよ、……日本の侵略行為に対する無批判的な姿勢があった」(81頁)、「淵澤の女学校設立目的は、日本の帝国主義を拡大させるための植民地支配という大きな波の中に埋もれていた」(156頁)と批判的に評価している。「良心的」な動機が必ずしも他者のためとはならない、特に国家などの権力と批判的な視点なしに結びつくときには危険であるということは、今日に生きる私たちも歴史の教訓とすべきことであろう。
 第一部ではその他にも、日本の敗戦後に矯風会から独立した大韓節制会と矯風会の活動の方向性が大きく異なっていった過程や原因など興味深い内容が多く記されている。
 第二部では、朝鮮におけるプロテスタント宣教初期から2000年頃までの女性キリスト者の置かれた状況・課題・活動が整理されている。特に1970年代に韓国に紹介・受容され始めたフェミニスト神学については、年代別に代表的な神学者とその主張が整理・分析されており、韓国のフェミニズム神学の受容と発展について知るための良い手引きとなっている。
 現在、日韓関係は停滞しているが、そのような時期にあって日韓関係を忍耐強く維持し、発展させていく上でも、本書との「対話」は多くの示唆を私たちに与えてくれることであろう。

女たちの日韓キリスト教史
神山美奈子著
A5判・272頁・4840円(税込)・関西学院大学出版会
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書き手
李相勲

い・さんふん=関西学院大学専任講師

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