N・T・ライト新約聖書講解9 すべての人のためのローマ書1 1―8章

聖書のメッセージを現代に伝える待望のシリーズ
〈評者〉鎌野 直人

 N・T・ライトによる「すべての人のための新約聖書」シリーズ(2001年から)の翻訳出版がついに始まりました。その第一回配本が本書です。
 このシリーズは、ペリコペごとの著者の翻訳とその注解で構成されています。注解は導入的な逸話からはじまり、紀元一世紀の文化、社会、経済、神学的な背景を踏まえた注解のあとに現代への適用が短く記されています。特に注解の部分に二〇世紀後半の新約聖書学の実りを見ることができますし、適用には教会人として英国国教会に仕えてきた著者の世界を見るセンスが表されています。巻末には、本文中にゴシック体で強調されていた用語の短い解説がまとめられており、新約聖書全体に共通した背景を見渡す新約聖書神学入門となっています。
 ライトは、ローマ書は「福音」を中心に展開していると理解しています。福音は、カエサルとは異なった王が世界の真の王となったという知らせであって、神の力です。これを聞く人に、十字架に架かって死に、神がよみがえらせたイエスを主と認めさせ、福音への確信である信仰を与えるからです。この信仰こそが、神との正しい関係の構築、すなわち異邦人とユダヤ人からなる世界大の神の民となっていることのしるしです。
 世界大の神の民の誕生という約束は、当初アブラハムに与えられました。律法とは、神がアブラハムの子孫に与えたもので、この世を罪と死から救いだすための手段でした。しかし、律法がその目的を果たせなかったので、神はイスラエルの代表であるメシア、神の子を世に遣わされたのです。さらに聖霊を送りました。人の心に働きかけ、信仰を生み出させ、いのちを与えるためです。
 神の約束は最後の審判とも結びついています。神の民は、信仰のゆえに今、メシアと苦しみをともにしますが、終わりの時には復活のからだを与えられて、彼とともに被造物を支配する栄光に入る約束が与えられています。そして、聖霊が最終的な判決の保証です。
 このように、ライトは全被造物を回復する神の約束という大きな物語の中に神の民イスラエルと神が遣わしたメシアと神の霊を位置づけています。そして、福音には現在と将来が約束されているからこそ、福音は契約に対する誠実を表す神の義だと主張しています。
 ライトの提案は、従来のローマ書理解に対して様々な改訂を求めるものです。その一方で、旧約聖書来の伝統の中でローマ書を読み直す新鮮な視点を提供しています。特に後者を評者は歓迎しています。
 ライトの著書の翻訳は簡単なものではありません。その中で、浅野氏は「すべての人のため」の注解書にふさわしい、平易なことばで、忠実に翻訳をしています。ただし、いくつかの訳語(32頁「反語」、36頁「動機が据えられている」、96頁「身体的」など)や指示語(118頁「それは」など)には検討の余地があるでしょう。

N・T・ライト新約聖書講解9
すべての人のためのローマ書1
1―8章

N・T・ライト著
浅野淳博訳
四六判・224頁・定価2530円・教文館
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書き手
鎌野直人

かまの・なおと=関西聖書神学校校長

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