ジャン・カルヴァン 著/森川甫、吉田隆 訳 共観福音書 下(野村信)

「神の御心を読む」営みとしての註解
〈評者〉野村 信


共観福音書 下
カルヴァン新約聖書註解Ⅱ

ジャン・カルヴァン著
森川 甫、吉田 隆訳

A5判・480頁・定価上製7920円/並製6600円・新教出版社

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 『カルヴァン新約聖書注解・ 共観福音書下』の上梓を心よりお祝い申し上げたい。森川甫氏が上巻に続いて下巻の翻訳に長きにわたって取り組まれ、吉田隆氏の協力を得てその労苦がここに結実したことは誠に幸いなことである。またこの事業を一貫して継続してこられ、この巻をもってカルヴァン新約聖書註解の邦訳の完成を実現させた新教出版社の皆様の熱意にも謝意を表したい。
 上巻の刊行によってカルヴァンの共観福音書註解がどのようなものであるかが分かるようになったが、ここに下巻が完成したことで全体像がより鮮明になった。これからさらに日本のカルヴァン研究者たちや説教者たちにとっても有益な一書となるであろう。
 カルヴァンの文体の特長であるから仕方ないとしても、一読してやや難解な言い回しと鋭い洞察を、訳者は忠実に邦訳している。神学の専門家や牧師職に限らず、現代の教会において信徒の読書会等で互いに意見を交え、丁寧に読み進めるとたいへん有意義な学びができる著作である。以下、カルヴァンの聖書註解について手短に紹介しておきたい。

 註解の執筆方法を「簡潔・明晰」とするカルヴァンの著述は、この福音書註解においても一貫している。要するに教理的な議論は『キリスト教綱要』や諸論文に譲り、註解や説教では、句や節を逐一「著者の意図」を探求しながら順に解説し、読者ないしは会衆に直截に適応(勧告)するという仕方である。
 ただしこの『共観福音書註解』は、文意、登場人物の言動の趣旨、他の福音書との比較、歴代の解釈への批判などが中心で、「著者の意図の探究」は後退している。しかし冗長になりがちな福音書の註解を「簡潔・明晰」に説き明かしている点にぶれはない。
 カルヴァンの註解書や説教集は、『キリスト教綱要』や神学論文に較べて神学的な価値が低いという人々がいるが、それは誤解である。カルヴァンの聖書註解や説教は、そもそも神学的な見解や論理性を追求して解説した著述ではない。日曜日は無論、隔週で月曜から土曜まで早朝に説教し、説教のない週は聖書講義を週に三度行ったカルヴァンは、聖書のどの巻をも、もらすことなく丹念に読み進めようと意図したのであり、これは、説教なら「神の声を聴く」、註解なら「神の御心を読む」営みであった。
 教会を形成するための屋台骨とは、初期の教会の進展を考察すると「聖書(canon)」、「信条(credo)」、「職制(ordo)」という三つの柱が浮かびあがるが、カルヴァンの聖書註解と説教は、「聖書」の領域に属し、「信条」の領域とは役割を異にする。今日「信条」と「聖書」の扱いを混同している人が少なくないが、現代の神学者や説教者が、いわば「教理のみsola doctrina」 になっているのではないかと危惧される。
 註解や説教という、聖書を説き明かすカルヴァンの作業に関する研究は、イグマン、シュタインメッツ、ムラ─らが語るように今でも未開拓の領域であり、今後の研究が待たれる。
 いずれにせよ、本書は上巻と共に、聖書という「御言葉の森」(ユーグ)に分け入って、一つ一つ新たな発見をし、感動しながら読む性質をもった著作である。本書によって御言葉についての学びと親しみがさらに湧き上がるように願う。

書き手
野村信

のむら・しん=東北学院大学名誉教授

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