言葉を歌う グレゴリオ聖歌セミオロジーとリズム解釈

グレゴリオ聖歌研究の最先端
〈評者〉高橋正道

 本書には、グレゴリオ聖歌とその愛好者への厚い思いと聖書理解への強い情熱が込められている。著者は、国際グレゴリオ聖歌学会のシュヴァイツァ現会長が紹介しているように、同学会ドイツ支部に属し、テキスト解釈の領域で研鑽を積んで来られた気鋭の研究者である。
 カルディーヌによる『Sémiologie Grégorienne』(1970)は『グレゴリオ聖歌セミオロジー』(水嶋良雄訳、1979)として邦訳されたが絶版のままであり、この分野に興味があっても日本語の本格的な書物が少ない状態であった。その意味で本書は、カルディーヌが提唱し、アグストーニ、ヨッピヒ、ゲシュル等が意思を継ぎ、水嶋良雄が我が国に伝えたセミオロジーがこの日本において正統的に継承され、その未来が決して暗くないことを示してくれた。
 本書は膨大な資料研究と分析を駆使した最先端の研究書である。緻密な計画性と学問研究の手順、体型化された論理で標題を解明する。しかし、単なるセミオロジーの理論書ではない。読み物のように、全体に筋の通った主張が流れている。表カバーは、ザンクト・ガレン修道院に残る写本の1ページだが、貴重な写本の例示、という意味だけではない。それは、待降節第一主日のミサ入祭唱Ad te levavi(詩編25(24)章1─3節「神よ、わたしは心をこめてあなたを仰ぐ」)であり、この曲は本書の中で異なる楽譜や歌詞分析・解釈のために17回も引用されている。一貫した筋書き、ストーリーの主役としてページが進む毎に、気品に満ちたロンドのテーマのように登場する。そして最終的には、アウグスティヌスの聖書解釈を根底に据えたセミオロジーによるテキスト解釈の目的地、「サウンドのアーティキュレーションによる楽曲」として鳴り響く。
 第1章は、セミオロジー成立までの変遷について、過去、現在、そして未来も見据え叙述する。第2章は、セミオロジーの基礎知識がまとめてある。リズム・アーティキュレーションとネウマのアーティキュレーションの原則、旋法構成音の音楽的意味も紹介する。第3章は、融化ネウマの総合的な分析とセミオロジーによるテキスト解釈の実践である。待降節第一主日、主の降誕・夜半のミサ、死者のためのミサなど、よく知られた七曲を詳細に分析する。融化の現象が、作曲者のテキスト解釈の結果であること、しかも、その解釈の根底にアウグスティヌスの聖書解釈があって、それが作曲過程に反映されていることを考察する。
 講義用としても適切で、研究に欠かせない資料群が譜例、図、表、として整理されテロップのように示される。また重要な先行研究論文は、その概要が紹介される。学ぶ者にとって常にグレゴリオ聖歌が身近に感じられ、中身の濃い実践的な書である。最先端のグレゴリオ聖歌セミオロジーに基づく歌詞とネウマの関係、そして演奏上のリズム解釈に多くの示唆を与えてくれるであろう。

言葉を歌う
グレゴリオ聖歌セミオロジーとリズム解釈

佐々木悠著
A5判・196頁・3300円(税込)・教文館
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書き手
高橋正道

たかはし・まさみち=日本グレゴリオ聖歌学会前会長、国際グレゴリオ聖歌学会前理事

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