黒人霊歌の即興性 Slave Songs of the United States(1867)を基に

生きる力を与える音楽の根幹
〈評者〉中島聡

 本書は、“Slave song of the United States(1867)”を基点とする膨大な先行研究、採譜等の資料解析と、それら先行研究、採譜を行った人たちの言葉をもって私たちをゴスペルの源に導いてくれる。
 ただし、「我々(採譜者)ができることは、せいぜい紙とタイプを使って、もしくは我々の声を通して、オリジナルの良さのほんのわずかだけを伝えることだろう」(101頁)、また「見た目は明らかに、音楽が動きを生む。しかし、もっと深い意味で言えば、動作のほうが音楽を生み出しているのだ」(95頁)という言葉に出会うと、単に楽典の理解によってゴスペルの源にたどり着けるものではないことを知らされる。
 「彼らは歌で労苦を和らげていた」(19頁)。「フィラデルフィアやバルティモアの港町における荷物の積み下ろしの際や、西インド諸島から入港する大型船で働く船員やミシシッピ川の蒸気船内などで見聞きできる」(55頁)。ゴスペルの源に迫ろうとする時、奴隷、使役労働者としての苦しみ、悲しみにあっても生き抜くために絞り出された魂の音に近づいていくことになる。
 本書はあくまでもこの原点を重んじつつ、人々を魅了してやまないゴスペル独特のリズム、躍動感、即興性がどのようにして生まれてきたのかについて、リズム構造、旋律及び和声、スケール、ブルーノート、歌唱法、呼応と反復等、私たちが知りたいと願っていた要素の一つ一つを解き明かしてくれる。
 そのため本書には70点におよぶ楽譜、リズム譜、採譜した場所を示す地図など、可視化された資料が収められており、中でも当時の息づかいを極力そのままに採譜した楽譜は眺めているだけで楽しい。さらには、現代のゴスペル指導者がコーラスを付けて、新たなゴスペルが誕生していく様を想像するなど、本書にはゴスペルにまつわる〝小窓〞、〝引き出し〞がたくさんあって、何度も読み返してはそれら一つ一つを開けていく楽しみがあることも伝えておきたい。
 長きにわたりゴスペルクワイアを導いてこられた國友氏が「普段は教会に寄りつかない人たちが溢れんばかりに集まり、生き生きと歌い」(266頁)、さらに「大病を患い、死を前にしてもなおゴスペルクワイアに集い、賛美する方々にも出会った」(同)と述べているとおり、ゴスペルの魅力と力は計り知れない。私自身も教会に〝日本語の聖書の言葉そのままをゴスペルで賛美するクワイア〞が与えられて一五年、幼な子から高齢者にいたるまでどれだけ多くの人々がゴスペルによって生きる力を与えられたかは数え切れない。
 「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。」私は本書を通して神はこの聖句を真実ならしめるものの一つとして私たちにゴスペルを与えられたと思えてならない。ゴスペルの即興性とは、一人一人の苦難と悲しみに寄り添いつつ、今生きることを切望する魂が生み出しているのだろう。一人でも多くの人に本書に触れて、各々にゴスペルの根幹である即興性の意味と力に出会い、共にゴスペルを賛美していただきたいと願う。

黒人霊歌の即興性
Slave Songs of the United States(1867)を基に

國友淑弘著
A5判・318頁・4180円(税込)・教文館
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書き手
中島聡

なかじま・さとし=日本基督教団清水ヶ丘教会牧師

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