キリスト教史の学び(下)

語り伝える「キリスト教史」
〈評者〉村上みか

 かねてより著者の越川氏は、大学生にキリスト教史を教えるのに適切な教科書がないことを嘆かれ、これまでもそのような入門書を企画されてきた(『一冊でわかるキリスト教史』日本キリスト教団出版局)。筆者もこの企画に関わらせていただいたが、しかし越川氏は満足されなかったようである。ついにご自身で執筆を試み、二部より成るキリスト教史の入門書を出版された。本書はその後半部にあたる。
 本書の構成は大きく近世と近現代に分けられ、その中で各時代、各地域における神学や事象が論じられてゆく。構成上の特徴としては、伝統的な時代区分であった「宗教改革」に代わって「近世」が用いられ、また日本キリスト教史を別項目として扱わず、世界のキリスト教史の中に位置づけていることが挙げられる。新しい視点をもって歴史叙述を試みようとする著者の意気込みが窺われる。
 そのような著者の意欲的な取り組みは、本書全体を通じて感じられる。各時代の多岐にわたるテーマについて、多くの先行研究にあたり、詳細な説明がなされてゆく。多くの時間とエネルギーが費やされた労作である。細分化の進む今日の研究状況下で概説書を著すことが難しくなっている中、越川氏はそのことを知りつつ、しかし複数の著者による概説書が統一性を欠くことの問題性を強く意識し、ただ一人の力でキリスト教史を著すという果敢な行動に出られた。実際、読み進める中で、言葉の背後に著者の存在が感じられ、読者にキリスト教史の各事象の「特徴と課題」を示そうとする著者の思いが伝わってくる。
 その一方で、一人で概説書を書くことの難しさも改めて認識させられた。参考文献に基づく叙述や引用が多くなされることにより、多様な視点や議論が混在し、論旨がつかめず、何を伝えたいのかわかりにくいところが散見される。あるいは著者の問題意識や今日の概念をもって歴史的事象が説明されることもあり、著者のメッセージを感じる一方で、歴史叙述として違和感を覚えるものもある。また神学思想をもって歴史事象を説明しようとする傾向が見られ(例えば、ルター派、改革派の社会や宣教への関わり方:41、206─7頁)、実証性を前提とする今日の歴史叙述のあり方からすると、飛躍が感じられるところもある。さらに近年の研究の成果が十分に反映されておらず、より正確な理解が望まれるものもある(ルターと人文主義、二王国説、再洗礼派の洗礼論と教会論の関係、カルヴァンの神の国建設など)。加えて、歴史的な「流れ」を伝えるという著者の意図を効果ならしめるためには、社会史や経済史の視点も取り入れ、歴史的な連関をより具体的に示すことができればよかったと思う。
 今日、歴史家は実証性、客観性の要請を前に、作品に「メッセージ性」をもたせることを躊躇する。しかしそれが、キリスト教史を伝える作業の中で意味をもつことを、本書は教えてくれた。その具体的な方法の検討は、今後の歴史神学の課題と言えるだろう。著者の問題提起とその労に感謝したい。

キリスト教史の学び(下)
越川弘英著
A5判・346頁・定価2420円・キリスト新聞社
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書き手
村上みか

むらかみ・みか=同志社大学神学部教授

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