近代日本のキリスト者 その歴史的位相

日本プロテスタント史に新たな視角を提示
〈評者〉山口陽一

 前著『三谷隆正の研究─信仰・国家・歴史』(2001年)、『近代日本精神史の位相─キリスト教をめぐる思索と経験』(2014年)に続く意欲作である。あとがきには、池田元、大濱徹也、千葉眞、柳父圀近の各氏と1998年以来参加している無教会の集会の方、研究と「魂への配慮」にあたる同年輩の研究者たちへの謝辞があり、著者の学問と信仰の系譜を知ることができる。
 村松氏は、日本プロテスタント史研究の潮流が、教会やキリスト者の戦争協力およびその天皇制や植民地支配との親和性追求にあると言い、あまたある「日本的基督教」の中から顧みるべき一筋の思索を探求し、近代日本のキリスト者の実像に迫ろうとする。
 第一部「天皇と日本をめぐる精神史」では、まず、臣民教育を批判し続けた柏木義円の「天皇の赤子」論、聖書と墨子から非戦・平和を主張した住谷天来の『聖化』誌廃刊に込めた抵抗に注目する。この二人は群馬の安中、伊勢崎・甘楽の日本組合基督教会牧師で、内村鑑三の人脈にもつながる人々であり、明治的国家秩序への確かな抵抗原理を持っていた。次いで、内村鑑三の「日本の天職」論や藤井武の「遺れる者」の思想から国民的使命感を受け継いだ南原繁である。南原は国民的使命を発揮する新たな「時」の到来として日本の敗戦と向き合った。そんな彼らの天皇と日本への衷情が探られる。
 第二部「『地の塩』の群像」では、稀有な足跡を遺した興味深い四人の人物が掘り起こされる。新渡戸・内村門下の川西実三は、民衆を訓化・統合の対象ではなく「主体」としようと務めた「社会派官僚」である。次いで、日本組合基督教会牧師で聖ヨハネ修道所を設立し、『宗教』の発行を続けた二瓶要蔵とその非戦・平和論が、初めて本格的に論じられている。また、住谷天来の晩年が長谷川周治の『内村鑑三先生御遺墨帖』との関連で語られる。住谷を支えた無教会の人々との「友情の交流圏」という視点はユニークである。さらに、戦後まで目配りし、「かにた婦人の村」の深津文雄の「低点志向者ジェシュアガ(イエス)」に倣う強烈な生き方が、一つの「日本的基督教」として検証される。
 第三部「『日本的基督教』という磁場」では、西欧神学の限界を乗り越えることを試みた三人について論究される。ここで南原繁は、生活者としての「平民」を担い手とするキリスト教を追求したとされる。これは「武士道に接ぎ木されたキリスト教」とともに内村鑑三の底流を成す「日本的基督教」のもう一つの側面であるとされる。関根正雄は、西欧キリスト教の超克をめざす学問的な「日本的基督教」から西田哲学への傾倒へと進み、関根門下の量義治は、西田の「絶対無」には超越性、他者性、人格性が欠如し、これは無律法性と無責任となって現れるとして西田を批判的に継承したという。こうして村松氏は、以上の論考から、無教会において展開された「日本的基督教」を近代日本のキリスト者の歴史的位相を指し示すものとし、日本プロテスタント史に新たな視角を提示する。
 私たちは、日本と天皇に絡め取られた十五年戦争期の狂信的「日本的基督教」を徹底批判しなければならないが、広義の「日本的基督教」は日本と日本のキリスト教にとって不可欠のテーマであり、そこから顧慮すべき一筋の貴重な営みを抽出して育てる道筋を本書は教えてくれる。

近代日本のキリスト者
その歴史的位相

村松 晋著
A5判・366頁・4950円(税込)・聖学院大学出版会
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書き手
山口陽一

やまぐち・よういち=東京基督教大学特別教授・日本同盟基督教団市川福音キリスト教会代務者

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