ケノーシス 大量消費時代と気候変動危機における祝福された生き方

人が生き方を変えるためには 〈評者〉芦名定道

ケノーシス 大量消費時代と気候変動危機における祝福された生き方
サリー・マクフェイグ著
山下章子訳
A5判・398頁・本体4000円+ 税・新教出版社
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 現代世界が直面する環境危機と経済危機は、人類にとって、キリスト教にとっても重大かつ緊急の問題である。サリー・マグフェイグは、宗教言語論からエコ・フェミニスト神学まで、現代のアメリカ神学をリードしてきた神学者の一人であり、環境と経済における深刻な危機に対して積極的に発言を行ってきた。このマクフェイグのキリスト教思想を紹介する待ちに待った邦訳がようやく刊行された。それは、マクフェイグの五十年に及ぶ思索の旅のいわば到達点となった著作であり、現代に生きるわたしたちにとって貴重な証言である。
 環境危機を論じる中で痛感するのは、頭や理屈でわかっても人間は動かないということである。文明のあり方、現代人の生き方を転換(個人主義的で自己中心的モデルからケノーシスに基づく相互依存的モデルへの回心=宗教ならではの貢献)しない限り、環境と経済の危機は乗り越えられないとわかっていても、生き方を変えるのは容易でない。変われない自分、おそらくこれが最大の問題である。本書では、この難問に対して、「聖人たち」(「聖人」の定義は一五六頁)の伝記から生き方の転換のための知恵が示される。マクフェイグが注目する聖人は、ジョン・ウルマン、シモーヌ・ヴェイユ、ドロシー・デイの三人であり、本書は、これら三人から、生き方の転換に至るプロセスが次のような四つの段階にわけて詳述され(第1章~第5章)、ケノーシスの神学(イエスの御顔に神を見る=受肉を起点とする神学)へと展開される(第7章)。四つの段階とは、まず自発的貧困(ワイルドスペース)から始まり、次に他者の物質的必要に注意を注ぎ、これらを土台として普遍的な自己へ成長し、それを個人と公共のレベルに適用するというプロセスであり、マクフェイグはそれぞれ個性的な三人からこのような共通のプロセスを描き取り出してみせる。もちろん、本書で参照されるのは三人の聖人だけではない。マクフェイグにとって、アウグスティヌス、アッシジのフランシスコ、ノリッジのジュリアンらは重要な人物であり、何よりもイエスとその譬え話(良きサマリア人)は決定的な役割を果たしている。マクフェイグ自身の「私の証し」(三一六頁以下)もきわめて興味深い。
 以上が本書の骨子であるが、ほかの特筆すべき点についても触れておこう。マクフェイグは、ケノーシスの神学を提示する際に現代の思想動向を踏まえた議論を行っている。「良きサマリア人」の解釈は聖書学の新しい成果に基づいており、「個人主義的で自己中心的モデル」と言われる場合の「モデル」概念では現代の宗教言語論が使用される。四つの段階のプロセスから成立するケノーシス・モデルは、キリスト教だけではなく、現代科学の知見と合致しており、マクフェイグは進化論と脳科学の議論を紹介している。また、マクフェイグは東方神学から仏教など世界の諸宗教についても積極的に言及する。これは、現代の危機がキリスト教だけで解決できるものではないことから考えれば、優れた洞察と言えよう。キリスト教と現代科学や諸宗教が共有できる知恵こそが、求められているのである。現代の危機に対して何をなすべきかに関心のある人にとって、聖人でないわたしたちはどうしたらよいかを含め、本書は多くの手がかりを与えてくれるだろう。

書き手
芦名定道

あしな・さだみち=関西学院大学神学部教授

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