関野和寛著 ひとりで死なせはしない(石丸昌彦)

生死を超えるいのちを伝えるチャプレン・ロッケン体当たりの日々
〈評者〉石丸昌彦

ひとりで死なせはしない
日本人牧師、アメリカでコロナ患者を看取る

関野和寛著
四六判・128頁・定価1430円・日本キリスト教団出版局
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 この著者による、このタイトルである。書評など書こうというのがヤボな話、本が勝手に声を挙げ、自らを証しするだろうとの予想は見事に的中した。多言を要せず、ともかく手にとって開いてみてください、決して損はさせません。書くべきことはこれで全てである。以下は蛇足。
 歌舞伎町の教会の扉を「ドガン!」と叩いて訪れる、人々の生きる悩みを十数年受けとめてきたロッケン牧師が、こともあろうに世界を覆うコロナ禍のまっただ中、アメリカはミネアポリスの病院でチャプレンとして働きはじめた。何重かの「無理」の重囲も、著者にとっては闘志をかき立て、意欲をあおるものでしかないらしい。
 その昔、ダウン症の妹さんが危篤に陥った時のことを著者は語る。絶望に沈む著者らのもとへ親しい牧師が新幹線で駈けつけ、家族しか入れない集中治療室に「家族です」と名のって乗り込み、妹さんと家族のために祈ってくれた、その姿を見て牧師になることを著者は決意した。ぶれない決意のまっすぐ先に、今この時の著者がある。
 「アメリカの人々は『こんな最悪の時によく来てくれた!』と言う。確かに人の目からすれば、疫病、暴動、分断が渦巻く最悪の時だろう。けれども皆が無理、最悪と呼ぶ時間と場所のど真ん中に誰かが飛び込まなきゃ何も始まらない」。
 歌舞伎町の教会では、人々の苦悩が扉を叩いてやってきた。いま著者は扉を押し開け、自ら病室へ入っていく。その肩越しに読者もその場を覗きこむ。あたかも自分の心の深みを手探るように、この世の現実に触れていく。
 とりわけ心に焼きつくのは、クリストファーの逸話である。在胎中から重い障害を負い、死産になるかもしれない赤ちゃんに、洗礼を受けさせたいと両親が望んでいる。さすがに著者の心は重い。すでに息を引き取っているか、良くて瀕死の赤ちゃんを前に、極限の悲しみにくれる母と父、そこで「洗礼だとか永遠のいのちだとか、宗教儀式や言葉が慰めになるのだろうか……」と。
 次の瞬間、著者の恐れと疑いは打ち砕かれた。扉を開けると、そこには生まれた赤ちゃんの小さな微笑があった。赤ちゃんを抱く母親、母子を抱きしめる父親、彼らをとりまく祖父母の穏やかな笑顔、そして父親が言う。「時間がありません。どうぞ洗礼を授けてください」。
 著者は祈る。
 「神よ、あなたがいのちをつくったのであれば、死もあなたがつくったもの。生も死も全てあなたのもの。生と死をはるかに超えた大きないのちの力でクリストファーをお守りください! この永遠のいのちの証しである洗礼をクリストファーに授けます」。
 著者の行動は捨て身の体当たりの連続であり、著者自身が「この時、この人に会っていなければ、どうなっていたかわからない」とくり返し述懐する。しかしそれはけっして僥倖などではない。必要な出会いは必ず与えられ、会わねばならない相手とは必ず出会えることを、彼は体で知っている。僕らも知っているはずのことではなかったか。
 がんばれロッケン、負けるな関野、君をひとりで死なせはしない!

書き手
石丸昌彦

いしまる・まさひこ=放送大学教授、精神科医

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