F・H・バーネット著/脇明子訳 秘密の花園(斎藤惇夫)

新訳『秘密の花園』を読む
〈評者〉斎藤惇夫


秘密の花園
F・H・バーネット著
脇 明子訳
四六判・444頁・定価2310円・教文館
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 教文館から脇明子さんの訳された『秘密の花園』が刊行され、早速拝読しました。『秘密の花園』というタイトルを見るだけで、どうしても覗いてみたくなる癖が私にはあるようです。近年のものでは福音館書店の猪熊葉子訳、岩波少年文庫の山内玲子訳、いずれも、すらりと物語にはいっていくことができ、もうこれで十分と思ってはいたのですが、ついつい読み始め、一気に読み終えました。本の造りが美しく、ジェニー・ウィリアムズの挿絵も、読者の想像力を自由にはばたかせてくれる抑えた調子で描かれ好感が持てるのですが、何と言っても、少女期からこの物語を愛してやまなかった脇さんの、この物語を自分の言葉で読んでみたいという熱い思いが文体に結晶した、丁寧でやさしく美しい翻訳に魅了されました。しかも、読んでいる間ずっと「私のこと忘れていたんじゃない?」という囁きが聞こえており、いささかの胸の痛みも覚えながらの読書と相成りました。

 一九五八年、岩波少年文庫の一冊として、吉田勝江さんの訳でこの物語が紹介され、私は抄訳でない『秘密の花園』を初めて読みました。一八歳の時でした。当時、世界文学全集などを片端から読んでいた私にとっては、なんだか、ちょっと恥ずかしいような、それでいてなんとも懐かしく、『ハイジ』を小学生の頃夢中で読んでいた感覚に大層近いところで読みふけり、ひそかに、いつか、自分の手で秘密の花園を作ってみせるぞと、決意したようです。
 やがて福音館書店に入り、『ピーターラビットのおはなし』を編集していた時など、古ぼけたシャベルの柄にとまるコマドリ(一六ページ)から、この物語の主人公メアリを秘密の花園に導くコマドリを思い出し、どうしても会いたくなってイギリスに出かけたほどです。
 物語の構成はいたって単純です。植民地のインドで、やれパーティー、やれ夕食会と現を抜かすメアリの母親と、出産の直後に亡くなった妻への思いと、背中の病が息子コリンに遺伝していると思いこみ世界を旅している父親、要するに育児放棄をしている母と父を持ち心閉ざした女の子と男の子が、コマドリに導かれ閉ざされていた『秘密の花園』を発見し、二人を支える友人たちの力を借りながら、自分たちの手で見事な花園を再生させることによって、心を回復していく物語です。と書いてしまえば、いかにも大時代的な設定なのですが、ひょっとすると、今や、他ならぬ私たちこそがメアリの母親であり、コリンの父親なのではあるまいか、実は、子どもたちが、自然や人間を実体験できないような仕組みの中に、今、子どもたちを放り出しているのが私たちではないのか、と気付くと、物語は俄かに緊迫感をもって迫ってきます。それほどに、再生されていく花園は生き生きと描写され、回復されるべき子どもたちの心は、心理学や医学では遠く及ばないほど具体的に微細に正確に描き出されていることに愕然とするのですが、それこそ、私たち自身、自分の『秘密の花園』を求めることも、思い出すことも、怠ってきたせいではあるまいか、と思えてくるのです。古典の、古典たるゆえんでしょう!
 「私のこと忘れていたんじゃない?」という囁きは、どうやら私の放り出したままの「秘密の花園」から聞こえてくるようです。

書き手
斎藤惇夫

さいとう・あつお=児童文学者・幼稚園園長

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