【出会い・本・人】偶然の出会いに導かれて

 ここ十年来、聖書和訳の調査、研究を進めているが、資料との出会いはいつも偶然であった。英国でマラン手稿を見出したときも、当初はオックスフォード大学のボドリアン図書館でキリシタン版の辞書を閲覧する予定であった。その際、立ち寄った同図書館付属日本研究図書館の司書の方から、「このような手書きの文書もありますよ」と手渡されたのが、先の手稿であった。この手稿には、それまで存在が確認できていなかったカール・ギュツラフが訳したと考えられるロマ書の書き写しが含まれていた。また、イギリス国教会の司祭でもあったソロモン・マランによるヤコブ書の和訳も記されていた。
 日本聖書協会の倉庫で見出した三要文も、思いがけない出会いであった。もともと、和訳聖書の翻訳資料を調査、整理する目的であった。禁教下に秘密裡に印刷された『三要文』(一八七一─一八七二)は、三冊しか現存していないとされている(うち一冊は行方不明)。地下倉庫に眠っていた古い茶箱の中から、もう一冊の『三要文』が現れたとき、思わず歓声を上げた。従来の定説を覆すような資料は、天からの贈り物のように、図らずも与えられたものであった。偶然、見出された資料に導かれて、和訳聖書の研究は深められていく。先のような出会いを心待ちにしつつ、いまでも方々に赴き、資料調査を続けている。
 調査の際、海老澤有道『日本の聖書 聖書和訳の歴史』(講談社学術文庫)を必ず手元に置いている。この本は、キリシタン時代から、大正改訳までの和訳聖書の歴史を網羅的に紹介する内容である。もっとも近年の研究からみた場合、不正確な記述も少なくない。それでも、本書に収められている解説文の信頼性は高い。旧版の初版から半世紀以上経たいまでも、色あせることはない。和訳聖書を研究する上で欠かすことができない必携書であり、羅針盤のように調査研究の目指すべき方向を常に指し示してくれている。
(よしだ・しん=東北学院大学文学部教授)

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