【出会い・本・人】皆川達夫著『洋楽渡来考』とその後

 立教大学名誉教授の皆川達夫先生が九十二歳で帰天されたのは二〇二〇年四月のことだった。十年以上続けられたラジオ第一放送の「音楽の泉」の解説を三月末に終えられ、程なくしてのことであった。悲しみも大きかったが、後学の徒として感じたのはむしろ、そのおみごとな終止符の打たれ方だった。
 今年三月、先生の研究資料等が「明治学院大学図書館附属遠山一行記念日本近代音楽館」に搬入された。すると音楽司書から知らせがあった。いくつかの史料には「樋口先生へ」という大きな付箋が付いているという。それはただ事ではない。ある日の午後、それらに目を通すために音楽館に出向いた。
 閲覧室に運び込まれたたくさんのファイルに目を通すと、例えば代表作『洋楽渡来考─キリシタン音楽の栄光と挫折』にも登場するスペインの聖歌のコピーなど、いわば先生の研究生活の宝物の一端を示すものたちだった。なるほど、書庫の奥深くしまわれる前に見ておいてくれ、というおつもりだったのだろう。
 『洋楽渡来考』は出版前に厖大な原稿を読まざるを得なかった。博士論文として明治学院大学に提出されてしまったからである。主査は私、副査は国際基督教大学の金澤正剛教授と、明治学院大学の大原まゆみ教授(西洋美術史)だった。三人ともアメリカやドイツで苦労して博士論文を書いた人たちだったので厳しい議論となったが、先生はむしろそれを楽しまれていた。
 先生が残されたファイルには、『洋楽渡来考』成立の前後から新聞や雑誌に寄稿されたさまざまな論文やエッセイなどもあった。特に、先生ご専門だった中世ルネサンス音楽に関するものも数多く残されていた。これらを読んでいると、先生の『遺稿集』を編集したくなってきたから不思議である。どうやら、先生の巧みな誘導に導かれているようである。
(ひぐち・りゅういち=明治学院大学名誉教授、音楽学者・指揮者)

書き手
樋口隆一

ひぐち・りゅういち=明治学院大学名誉教授、音楽学者・指揮者

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